みなさま、ご機嫌いかがでしょうか。
音楽ライター まさいよしなりです。
「我ら音楽マサイ族」、今回採り上げますのは今月リリースされたこちらの新譜です。
シューベルト: アルペジョーネ・ソナタ 他/ルーディン、ハッキネン 他
アルペジョーネとは、19世紀前半に考案された楽器。見た目や演奏法はチェロに似ており、椅子に座った演奏者の前に立てて構え、弓を用いて奏でます。6本の弦を持ち、さらに24のフレットがあるため、この点はギターのようです。そのため「ギター・チェロ」とも呼ばれていました。古楽ファンであれば、バロック期の楽器「ヴィオラ・ダ・ガンバ」との類似性にお気付きかも知れません。
そしてこの楽器のために書かれた、現在に伝わる唯一の有名曲が、シューベルトによる「アルペジョーネ・ソナタ」です。この楽器が考案されてすぐ、1824年に作曲されました。ところがこの曲が実際に出版されたのは1871年。もうその頃には、アルペジョーネは忘れ去られた楽器となっていたのです。
そこで演奏家たちは、チェロやヴィオラ、あるいはコントラバスなどを代用してこの「アルペジョーネ・ソナタ」を演奏しました。肝心のアルペジョーネが廃れてしまっていた以上、そうするのが当初からの通例だったのです。しかし、音域も違う、仕組みも違う、そんな楽器を代用するのですから、楽譜そのままを再現するのは非常に困難であり、したがって多少の編曲は仕方のないところでした。
ようやく20世紀中頃になって、アルペジョーネを復元し、原曲を忠実に演奏しようという試みが活発になり、今ではそういった「シューベルトが意図した本来のスタイル」による演奏もCD等で聴けるようになってきました。
今回ご紹介するのは、アルペジョーネとフォルテピアノ(モダンピアノの原型となる古楽器)による、「アルペジョーネ・ソナタ」の新しい録音を収めた一枚です(収録は2019年)。アルペジョーネを演奏しているロシアのアレクサンドル・ルーディンは本来チェロ奏者ですが、正統派の古楽演奏を体現するために、ヴィオラ・ダ・ガンバやこのアルペジョーネも積極的に用いるという人物。本作においてもアルペジョーネならではの独特なニュアンスを見事に表現し切っています。
なお本盤にはこの曲のほかに、シューベルトによる晩年の大作、ピアノ三重奏曲第2番も収録されています。こちらにおいてはルーディンはチェロに持ち替え、ヴァイオリンのエーリヒ・ヘーバルトも加わって堂々たる演奏を繰り広げています。